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東京家庭裁判所 昭和41年(家)6131号 審判 1966年8月01日

国籍 無国籍 住所 東京都

申立人 三木千代(仮名)

国籍 中華民国台湾 住所申立人に同じ

未成年者 徐清華(仮名) 外一名

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は、「未成年者等の後見人として申立人を選任する」旨の審判を求めた。

調査の結果によれば次の事実が認められる。すなわち、申立人は大阪市阿倍野区○町○丁目○番地に本籍を有する三木正次、同キヨ間の二女として昭和二年一月二一日に大阪市において出生し、高等女学校卒業後二、三の会社に勤務したが、たまたま京都大学に在学中であった徐全竜と知り合い、昭和二一年一二月二五日に結婚、大阪華僑総会を経由した南京政府の証明を受けて昭和二二年四月二一日に婚姻届出、同月二八日に父三木正次の届出により国籍喪失、昭和二三年一〇月に夫と共に上海へ渡り、昭和二四年一二月に台湾中市復興路○○○号に移り、その間に、昭和二三年一月に長男和正、昭和二五年一月に次男幸正、昭和二七年五月に長女令華、昭和三〇年一一月六日に二女清華を出産したが、昭和三五年九月一七日に上記徐全竜と協議離婚をした。しかしその後も同人とは同居を続け、昭和三六年一〇月一九日に三男善正を出産し、その後昭和三八年一一月に上記全竜は香港に職を得て単身赴任し、申立人等に送金を続け、申立人も日本語の大学講師や家庭教師をして稼働していたが、昭和四〇年一一月に、上の三人の子は友人等に託し、下の二人の子のみを連れて日本に帰り、現在に至っている。なお上記協議離婚に際しては、子の監護の点につき別段の約定はしなかったが、徐全竜が香港に渡るときに子四人の監護を申立人に託する旨口頭で告げ、更に、申立人が下の子二人を連れて渡日するに際しては、その二人の子の監護は母である申立人に託する旨の書面を申立人に送っている。ただしその書面は子二人の出国手続に必要な書類であったため、その筋に提出したとのことである。

ところで、法例第二〇条によれば、親子間の法律関係は父の本国法に依るべきところ、父の本国法たる中華民国法第一〇五一条によれば、「協議離婚後における子の監護は、夫がこれに当る。但し、別段の約定があるときは、その約定に従う。」とあり、この別段の約定については、協議離婚の場合と違って、必ずしも書面を以てこれをなすべきものとは定められていない。これを上記認定事実に照すと、本件未成年者等の監護すなわち親権は、母である申立人が当るべきこととなる。なお、同民法第一〇八六条には、「父母はその未成年の子の法定代理人となる。」とあり、また第一〇八九条には、「父母の一方が権利を行使することができないときは、他の一方がこれを行使する。」とあるので、申立人は未成年者等の法定代理人として、未成年者等に代り種々の法律行為をなすことができるものと解する。

以上のとおり、申立人は未成年者等の法定代理人たる地位を有するものであるから、本件後見人選任の申立はその必要がなく、これを却下することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 日野原昌)

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